平べったい世の中

車窓から見えた古びた工場に”No.9”と書かれていた。

独特の書体で、恐らく何号棟かを表しているんだろう

最近の施設は、視認性の良い柔らかい書体で書かれている気がする。

先進性は感じるけど、どこか似たような見た目をしている。

地方や業界ごとに、昔のほうが種類に富んでいるに思える。

 

ホームセンターが好きだ。ウィンドウショッピングと称して店内を歩き、珍しい工具や材料をみる。何か作れないか、家に修理するものが無かったか想像を巡らせる。ただ最近はホームセンター業界も統廃合が進んで、珍しい店舗も大きな資本の名前に変わってしまい、どこもかしこもDCMだ(いやDCMも好きだけど)

 

(均質化されていく)

 

戦闘機に興味がある。軍モノに詳しい人と話すと、最近はどんな作戦でも使えるような汎用機が人気で、特定のことしか出来ないものは少なくなっているらしい。

 

お菓子はJISで管理される。

工場はISOで保証される。

流行りのものはすぐ伝播する。

どこに住んでいても手に入れたいものがすぐ届く。

人は往来し、血が混ざる。

 

世の中はどんどん”尖り”がなり、均質化していく。

このゆったりとした大きな流れはどこに向かうのか。

多様性とはいうが、管理された範囲のなかでの自由は認める、という態度に思える。

みんなが幸せに向かって歩いているのか?

 

みんなが幸せかどうか分からないが、均質化を推し進める人間には富が集中するだろう。無法地帯は秩序をもち、その範囲は勢力を拡げる。

ばらばらに存在した長(おさ)は、均質化の名の元、実権を奪われて平民化する。

 

様々な情報にアクセスでき、知らなくても良いことを知れる世界。

気付かぬうちにみんなと同じ枠に入り、どこに行っても同じような息苦しさを感じながら呼吸する。

モノは豊かでも気持ちに余裕は無くなっていないか。

均質化を押しすすめる側の人にも、いまがポジティブな方向に歩けているのか聞いてみたい。

 

そんなことを、古い工場を眺めて考えていた。

そして満足してしまった

奥さんに一人時間を貰って、ふらふら散歩に出掛けた。

ホームセンターが好きでよく行くのだが、なんだか昔のようにワクワクしなくなったことに気付いた。

まだ時間があったから、本屋でも行こうかと思ったけど、積読が沢山あるので行くのをやめた。

 

結婚をし、子供ができ、家を買い、仕事で昇進をして、いろいろな欲求が満たされてしまったのかもしれない。

まだ足りないという三大欲求に絡むような物事が、無くなってしまったように思う。

マズローの欲求のステップを、ホームセンターを彷徨いながら、肌で感じていた。

 

実際、最近の私は意識高い系で、「一人前のエンジニアになりたい」という目標を立てたりしている。

それ自体は大変よろしいのだが、欲求階層が"残り1"になると、なんだか物足りない感じがしないでもない。

 

欲求とは関係のない、趣味(育児しながらでも可のやつ)を持つべきなのかも。

本を読むかこうやって文章を書くか、何かしら生産性のあることから始めようか。

順位付け

昇格テストの小論文で、8人中1位を取った。

人数こそ少ないけど、人生で1位を取る機会は正直ほとんどなくて、

魂こめて書いた分、結果がついてきて大変うれしい。

それと同時に、努力の仕方が今更ながら分かった気がした。

 

努力はレンコン掘りに似ている。

努力という泥をかき分けかき分け、やっとの思いで地中から輝くレンコンを

発掘するという作業。

とくに順位付けがあると、なおさらゴールが見えていて分かりやすい。

本当に今更ではあるが。

 

とは言え、営業職ならいざ知らず、それ以外の職種で順位が付けられる機会は

あまりない。

モチベーションの維持に悩むけれど、たまにこういった機会を活用したり、

周りからの評価に耳をそばだて、フィードバックするしかない。

 

次の昇格もトップ合格できるように精進したい。

配属されて5年目の部署が、最近あまり面白くない。

4月から入社してきた超仕事ができる人の手によって、部署改革が猛スピードで

推し進められている。断っておくと、決していまの部署がお荷物だったとか

そういうわけではなくて、さらに尖った部署にしようというキャンペーンの一環だ。

 

新しいことをするのは良いことだ。人間は変化を嫌う生き物,,, 自分も例外ではないけれど、

本改革の大筋に私も異論はない。ただ現場で対応してきた、大切にしてきたお客さんを

他の部門に投げて、自分たちはまだ見ぬお客さんの受け皿になろうとしている、

その若干の無責任さに対する不安と、不確定な未来への不安で心の中がぐるぐるしている。

 

尖ったことをする都合上、売上も確実に減ってしまう。手間がかかる。

それを分かったうえで、霧のかかったブルーオーシャンに突っ込むというなら

私も多少腹をくくるんだけど、どうやらその懸念はしていないみたいで。

 

4月からじわっと そういった不安が心に渦巻いて、私にしては珍しく、

仕事が面白くないなと最近思ったりしている。

たまたまブログを開いたら

たまたまブログを開いたら、ちょうど1年前の同じ日に更新してたし、

1年前の今日も「たまたまブログ開いたら前の更新が1年前~」と言ってた。

この時期に開きたくなるきっかけでもあるのかしら。

 

私は相変わらず子育てに邁進し、お仕事は少し萎えてるけど、、、おおむね充実した

日々を送っています。

願わくばもう少し仕事が落ち着いて、趣味やスポーツをしたいところだけど。

あなたはいかがお過ごしですか まぁまぁ楽しい?

たまたまブログ開いたら、

たまたまブログ開いたら、更新が1年前だった。

この1年で子供が生まれ、家庭はバタバタバタバタしていた。

人間を養うにはどんだけお金がいるんじゃ?と疑うくらい

諭吉が飛んでいく。

それと引き換え(?)に子供は育ち、日に日に表情が豊かになり

にっこにこに笑ってくれると「うぎゃーか”わ”い”い”!!」

と唸ってしまう。

自由時間は減ったけど、子供と触れ合うのは凄く新しい経験やで、

と私は伝えたい。

長期連休の丁寧な暮らし(迫真)

自然に還りたい、というと「疲れてるのよモルダー」と頭に一瞬よぎる

しょうもないTwitterミーム民なんですが、

ここ1年で知床、屋久島、上高地と名だたる景勝地を訪問している。

仕事で疲れてるから自然を感じたい、というのもあるけど、

育ったのが自然の多い場所だったからかもしれない。

波の音、木々の擦れる音、珍しい気がする鳥の鳴き声などなど、、、美味しい空気を肺胞に取り込みながら

五感を開放するのは、オナニーよりも気持ち良い、いやオナニーの方がきもt...(バーン!!!!←公序良俗の弾丸

 

どう足掻いても、明日からシゴトってやつに行かなきゃいけないみたい。

どうしてもそこから目をそらしたくて、夜な夜な文章をシコシコ書いてみたわけです。

長期連休で吸い込んだ質の良い酸素を切り崩しながら、

ストレスフルな現代社会に再び飛び込んで行こうと思います。